「映画兄弟の映画ブログ」を訪問していただき誠にありがとうございます。
「ネタばれ」どころか、観たことある人しか楽しめないかもしれません。ご注意くださいませ。

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  • 2008.07.01 Tuesday
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『さくらん』(2007)---予告編

最近やっとのこと、木村カエラと土屋アンナの区別が、はっきりとつくようになったaniです。

最近は邦画にしか興味がないのですが。。。


『さくらん』
http://www.sakuran-themovie.com/


観に行きたいです。(トレーラーすら観ていませんので役柄もわかりませんが)菅野美穂の怪演に期待。夏木マリを喰って欲しい。


『嫌われ松子の一生』(2006)---人間ってのは何があれば生きていけるのか?

「うちはあなた無しでは生きていけない」というお話はよくあります。

この映画を観て思ったことは、「人間は何があれば生きていけるのか」ということでした。

つまり、「人間は心の支え・心の拠り所を持って生きているって言うけど、それは本当はどんなものなのか」ということです。

もうちょっと言うと「人間は何が楽しくて生きていくのか」。そして、人間を衝き動かしていくものは。。。作品の主眼はこんなところにはないかも知れませんが。

松子の場合はどうなんでしょう?男?恋愛?
そんな一言で片付けることはできない。少なくとも普通の恋愛映画ではないのです。後半、男と女、愛と憎を描くことには成功しています。



とはいえ、実は、正直、『下妻物語』(2004)のほうが、傑作と言えるでしょう。映像表現、物語、役者、すべてにおいて『下妻』のほうが少しずついい。トータルでは、ずっといい。

『下妻』は映像表現と物語展開が完璧にマッチしていてどんどんお話の中に引き込まれ、全体でドライブしていきます。『松子』のほうは、映像表現が、観客の感情移入を邪魔しているような気がしました。それは、多分、観客側の「期待」の差の所為かもしれません。

この監督さん(中島哲也)は、「短いもの」のほうが才能を発揮できるようです。『松子』は長すぎでした(全編130分)。柄本明まわりの前半のエピソードは全部要らないのでは。。。『下妻』は全編102分。そりゃあ、おんなじ質のものだったとしても、インパクトが違います。

「大作をどう表現するか」が、中島監督の課題となってしまいました(大きなお世話ですね)。

てか、大作撮る必要ないですが。。。



最近の映画、長すぎると思いませんか。宜しければクリックを ⇒


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『ブロークバック・マウンテン』(2005)---大自然の中で解放されちゃった二人

少しドキドキしながら映画館に入った。そのての人たちがいっぱいいたらどうしよう・・・。と、館内は意外と女性が多い。ほとんど女性のお客さんだった。

ここでちょっとカムアウトしますが、aniはちょっとホモフォビア(同性愛に恐怖を抱くこと・人)です。ホモフォビアといってもいたって消極的で、差別しようとか迫害しようとかいう気はさらさらありませんが、どうしても違和感を感じます。
ヒース・レジャーとジェイク・ギレンホールのラブシーンも結構濃厚にかんじて、戸惑ってしまいました。もっとリベラルな精神を持たねばと思うのですが。

ものわかりいい人を気取って、「自由な愛を謳歌しようよ」なんて言えればいいですけど。どうもね。ごめんね、ゲイ解放運動家の人たち。悪気はありません。

お話は、完全なる「純愛」映画である。「すれ違う運命」とはこの映画にこそふさわしい言葉。心も体も通じているにもかかわらず、徐々に引き裂かれていく二人。

「悲恋」の条件は「結ばれないこと」ですが、この物語はそれが最初からわかっている。好きなのに、最初から「結ばれないこと」「幸せになれないこと」がわかっているのは、どれほどつらいことでしょう。

映画は、その諦観に支配されたまま、続き、ラストにはイニス(ヒース・レジャー)が恋人との想い出を心の奥底にしまい込み、娘の結婚式のため教会に足を踏み入れることで終わります。恋人の純粋な気持ちに気づき自分を責めながらも、また別の人生をやり直そうとするのです。


恋愛を邪魔するものはいろいろとあります。家格の差だったり、実は兄妹だったり、ヒロインが車椅子だったり。。。
この映画はその邪魔者が、「同性愛ということ」だったのです。
男同士の悲恋だからこそ、人を好きになるという感情の「純粋さ」が際立ちます。映画の評判が高いのも、観客がそれを受け取ることができるからなのだと思います。



恋愛映画はちょっと苦手な映画兄弟を応援する ⇒  


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『Vフォー・ヴェンデッタ』 〜Vは復讐のV〜

第三次世界大戦後のイギリス。全体主義に戦いを挑む正体不明のテロリスト。仮面の男「V」。

vfor

とにかくVがかっこいい。観ていて飽きない。敵をなぎ倒し、放送網を占拠して宣戦布告、置物相手にチャンバラごっこに興じ、エプロン姿で朝食まで作ってしまう。八面六臂の大活躍である。

ナタリー・ポートマンも坊主頭でがんばっている。やっぱり美人は坊主になっても美人だなあ。

映画のクライマックス。敵と対峙し、絶体絶命の危機に陥るVが言う。

「この仮面の下にあるのは正義だ。正義は銃じゃ殺せないぜ。」

V最大のキメ台詞が台無し。正義じゃなくて理念だろ!
DVDでは是非修正を!


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『ドラえもん のび太の恐竜2006』---隣の子供に泣かされる

「歴史に介入してはいけない」。

このような難解な概念を40歳代以下の日本人は、みんな、理解している。これは世界のどこにも他に類を見ない現象だろう。

旧作『戦国自衛隊』が示したものは、「歴史の前には人間は無力である」ということだった。アニメ「ドラえもん」は歴史への介入を禁止した、人間の力を高らかに肯定しながら。アニメ「ドラえもん」が20世紀に与えた影響は計り知れない。

敬意を表して映画館で鑑賞。本日が地元での上映最終日だった。
予想通りだったが、周りはお子様ばかり。

のび太とピー助がお別れをするクライマックスで、右隣の3〜4歳くらいの男のお子様が、感極まって「ピーピーっ!ピーピーっっ!」叫んでいた。おそらく自分はのび太になっているのだろう。でも言葉が見つからず「ピーピー」言っている。
aniは、はからずも、彼のトランスから「もらい感動」してしまいました。
もちろん映画自体もよかった。もう少し大人向けに作ってくれたらもっとよかった。



>>『映画ドラえもん のび太の恐竜2006』公式ホームページ



『クラッシュ』---銃弾をよける天使のマント

先週末tetsuと観にいった。日本の高知ではやっと先週土曜日からかかっています。aniは、”群像劇”とやらは、ちと苦手。『マグノリア』では役者以外何がいいのか全然わからず(確かにJ.C.ライリーはいいよ)、既出『シリアナ』はトラウマになりそうです。

とは言え『クラッシュ』良かったです。人々が誰しも少しずつ持っている「不安」がよく表現できていた。もちろんそれは多人種国家アメリカの人々に特有の「不安」です。そして、もし日本でもこのような種の「不安」が支配する社会になってしまったら、と(半分他人事のような感覚かもしれませんが)考えてしまいます。

この「不安」は同時に人々の「祈り」になる。それを象徴しているのが「銃弾をよけることのできる天使のマント」です。「大切な人が無事でありますように」、「これ以上傷つけることも傷つけられることもないように」、人々は祈りを胸に日々を送っている。
みんな、この小さな祈りを抱いているのに、現実にはさまざまな摩擦を起こし、ときとして衝突(クラッシュ)を起こしてしまう。

互いの「祈り」に少しずつでも気づくことができたなら。
同じものを共有していることに気づくことができたなら。

とてもかすかだけど、希望の光を見ることのできる映画でした。

マット・”Mr.インクレディブル”・ディロンの演技がよかった。


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『シリアナ』---話の腰を折るのはやめてください

あの台詞の量では、字幕で観るのは無理です。いろんな方のブログでも「難解」との評ですが、そう感じる理由は、多すぎる台詞の量とエピソードが一段落する前に画面が次々と切り替わる脚本の所為です。状況の説明不足もよくない。

中東問題に関する知識があるか無いかなんて、この映画の「難解さ」には、じぇんじぇん関係ありません。石油が中東の特産品で、それを色んな国が買い求めているくらいのことを知ってたらいいんです。

伏線といえる色んなエピソードがパラレルに進み、しかも頻繁に状況が替わり、結局一つの結末へ収束したりしなかったりする、という手法は、完全にソダーバーグのやり方です。脚本家さんの野心という見方もあるようですが、『オーシャンズ』とか『トラフィック』とかも基本的には同じです。
ただモチーフが政治的なもので、台詞の量が倍になったら、こうなっちゃうという単純な話。

マット・デイモンのエピソードがまるまる無かったら丁度いい。他のエピソードをもっと丁寧に描いてじっくり回してくれたら、話の筋は面白いので、もっといい映画になったと思います。
ところで、何でマット・デイモンはいっつもエリートの役をするんでしょう?あんな首の太いエリート嫌だ。

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『オリバー・ツイスト』---みんな何故かオリバー萌え。

先週末、tetsuと「オリバー・ツイスト」を観にいった。

聡明(そう)で貧乏な美少年オリバー。彼の目力の所為か、会う人会う人つぎつぎと、彼をわがものにしようとします。
人の所有欲を刺激する瞳
ほとんど自己主張もしない主人公は、彼の生まれ持った魔力を駆使し、最後には大金持ちにもらわれてハッピーエンド。

映画自体は、とても平板な印象。長い物語を2時間にしたというのも原因でしょうが、それより主人公がまったくしゃべらず、ただ右往左往する(させられる)だけで、感情移入できなかったというのがたぶん正解。
独白でも子供たちや動物との交流でもいいので、何とかして、主人公の心情の吐露というものが欲しかった気がする(宮崎駿手法だな)。
前半は冗長、後半は面白かったです。

無抵抗で、寡黙で、不幸な、幼い美少年。
この描き方って、なんか、ただならぬものを感じます。


そういえば、おすぎもこの映画褒めてました。
ポランスキー自身の趣味かな。

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『ミュンヘン』---何故暗殺に爆弾を使うのか?

先々週末、tetsuと「ミュンヘン」を観にいった。

テロの記録映画である。全編暗い。感動するということではないが、心の奥底に深く刻み込まれた。あえて言えば、恐怖の印象。レイトショーで観ることをおすすめします。
テロとは、殺人による只の勢力争いなどではなく、徹頭徹尾、恐怖の応酬なのだ、ということがわかった。最大限に恐怖を植えつけるために、銃よりも爆弾を使う。爆弾でなければならない。

主人公は、自分が与えていたはずの恐怖に、やがて自らが苛まれるようになり、徐々に正気を失くしてしまう。

そこには映画の宣伝が語っているような良心の呵責も倫理観の変化もない。主人公の成長物語などありえない。あるのは、恐怖による支配であり、崩壊する人間の姿だった。

現在世界で一番有名なユダヤ人・スピルバーグ監督作品。
イスラエルとパレスチナの映し方はもちろん公平とは言えない。

エリック・バナは立て続けにいい役やってる。「トロイ」でもチョーかっこよかった。引き立て役・オーランド・ブルームのダメ振りが良かった所為もある。

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